Japanese Translation of EVOLUTION NEWS & SCIENCE TODAY

https://evolutionnews.org/ の記事を日本語に翻訳します。

E・O・ウィルソンと社会生物学を偲んで

This is the Japanese translation of this site.

 

リチャード・ウェイカート
2022/1/4 14:24

 

編集部注: 社会生物学の創始者である生物学者E・O・ウィルソンは、2021年12月26日に亡くなりました。CSCシニアフェローのリチャード・ウェイカートは、著書『The Death of Humanity: and the Case for Life (English Edition)』で、人間の本質、道徳、宗教についての考え方へのウィルソンの貢献を分析しました。ここに、ウェイカート教授の許可を得て、以下を再掲載します。

 

[コンラート・]ローレンツが強調した生物学的決定論は、1950年代と1960年代にはあまり共有されていなかった。しかし、1970年代に入り、ハーバード大学の生物学者であるE・O・ウィルソンが社会生物学を創始したことで、生物学的決定論は持続的な復活を遂げることになる。ウィルソンはアリを専門とする昆虫学者で、アリの本能的な社会行動を研究している。代表的な著作である『社会生物学』(1975年) の中で、「社会生物学はすべての社会行動の生物学的基礎についての体系的研究であると定義される」とウィルソンは説明している。彼は、人間を含むすべての動物の行動は、自然選択によって進化した脳内の物質的過程によって制御されていると論じる。また、生物学的な知識に基づいて倫理を再構築するよう、学者たちに呼びかけている1。結局のところ、1985年の共著論文で彼が述べているように、「我々が理解する倫理とは、我々を協力させるために遺伝子が我々を騙して見せている幻想である」2。しかしウィルソンは、生物学の知識が進歩し、人間の行為を完全に唯物論的に説明できるようになるまでに、倫理が完全に適切になるとは思っていない3

人間性についての低い見解

ウィルソンは、人間性についてあまり高い見解を持っていない。『社会生物学』で彼は、「進化論的意味での長い時間のなかでは個々の生物など、ほとんど無に等しい」と述べている。個々の生物の唯一の意義は繁殖することである。「生物は、より多くの DNA をつくるための DNA の一手段にすぎない」4。ここで議論しているのは生物全般だとはいえ、彼は常に人間を分析に含めていた (『社会生物学』の最後の章は人間についてである)。その3年後、『人間の本性について』という本1冊分の論文で、彼は社会生物学を人間に適用した。彼は、人間の行為には多くの変化があるにもかかわらず、「人間の行動も・・・人間の遺伝物質を過去未来にわたって不変な形で保持しておくための遠回りな手段となっているのである。道徳の、証明可能な究極的機能も、この一点を除いて他にはないのである」5と論じた。彼は回顧録の冒頭で、自分の世界観がどのように人間性についての見解を形成しているかを説明している。

 

今世紀のはじめ、人々は、いまだ自らが超越的な存在であるとたやすく考えることができた。すなわち、魂か知性によって贖罪されるのを待ちつつ、〈大地〉[アース] に閉じ込められている黒天使であると。今、これに関連する科学からもたらされた証拠、そのほとんどもしくは全てが、それとは全く反対の方向を指し示している。つまり、自然界に生まれ、そこで一歩一歩数百万年にわたり進化してきたわれわれは、われわれを取り巻く生態環境、われわれの生理機能、そしてわれわれの魂においてすら、われわれ以外の生命と結びついているということ。6

 

また、彼の経験的で科学的な世界観は、「人間は神の栄光のために創造の頂点としての役割をはたすべく、神によって宇宙の中心に置かれた特別な存在であるという、めまいのするような理論を破壊した」7と述べている。

行為、道徳、宗教

人間についてのすべてのことは、行為、道徳、そして宗教さえも、究極的には完全に物質的な過程の結果として説明可能であるとウィルソンは考えている。私たちが最も深く心に抱いている信条でさえ、単に私たちの灰白質に刻まれた心ない進化の過程の産物なのだ。「おそらくいずれはすべて、[宗教は] 脳の神経回路と深い遺伝の歴史で説明がつくだろう」8。ウィルソンは自分が還元主義者であることを認めており、科学者がいつの日か人間の行為に関するすべてを説明するようになるという楽観主義をにじませている。社会科学や人文科学を完全に自然科学の支配下に置くことを申し立てた『知の挑戦』(1998年) では、「人間の行為が物理的因果関係のある事象からなっていることを考えるなら、社会科学や人文科学は、自然科学との統合に鈍感ですまされるだろうか?」と問いかけている。ウィルソンは、究極的には宇宙のあらゆる現象は物理法則に還元されるから、人間の心は単に物理的な脳の活動であり、人間に自由意志はないと主張している9

 

ダーウィンの生誕200周年と『種の起源』の出版150周年となる2009年に、ウィルソンは『種の起源』をこれまでに書かれた最も重要な書物と宣言した。なぜなら、この本が宗教ではなく科学に基づいた人間性の理解を初めてもたらしたからだ。ダーウィンの理論は、ウィルソンによれば、「人間の自己理解のための最良の基礎であり、人間の行動のための哲学的指針」を形成する。どうやらウィルソンは、「~である」と「~すべき」の区別にはほとんど関心がないようだ。さらに彼は、すべての有機的プロセス (ここでは明らかに人間の行為を含む) は、究極的には物理学と化学の法則に還元できると論じている。ウィルソンにとって進化は、生命の目的と運命についての答えの源として、明らかに宗教に取って代わるものである。彼は、「『我々は何者か?』『我々はどこから来たのか?』『我々はなぜここにいるのか?』という大いなる疑問に答えられるとすれば、科学に基づく進化的考えに照らし合わせたときだけだ」と断言している。ウィルソンが説明していないのは、もし私たちが心ない物質的過程の結果に過ぎないのであれば、なぜこれらの疑問に重要性があるのかということである10

究極の意味や目的はない

この問題は、ウィルソンの最新刊『ヒトはどこまで進化するのか』(2014年) にも浸透している。そこでウィルソンは、人生には究極の意味や目的はないと説いている。むしろ、私たちが持つ唯一の意味は、私たちが心ない進化の過程の産物であることだと断言する。彼はこう述べている。

 

私たちは超自然の知性によってではなく、偶然と必然によって、地球の生物圏に存在する無数の種のひとつとして創り出された。そんなはずはないと思いたいかもしれないが、外部からの恩寵が私たちの頭上に降り注いでいるという証拠はなく、私たちに課された明白な宿命だの目的だのも存在せず、この世での生を終えたのちに第二の生が約束されていることもない。私たちはどうやら正真正銘の天涯孤独らしい。それは非常にいいことだと私は思う。私たちは完全に自由なわけだ。11

 

何をする自由だろうか?興味深いことに、ウィルソンはこの自由が、「人間全体の結束という史上最大の目標に今まで以上に自信を持って取り組む力」という選択肢を与えると説明している12

嘘を生きる

しかし、なぜこの人類の結束が私たちの目標でなければならないのだろうか。ウィルソンは、道徳や宗教を含め、人間を形成するすべてのものは、偶然の突然変異と自然選択の産物であると説明している。利己主義も利他主義も自然選択によって生じたものであり、それぞれが独自の方法で人間の生存と繁殖に貢献したからだと説明している。また、宗教は進化の過程で産み出された形質であるとも論じている。それゆえ、宗教も道徳も、進化の歴史の初期の段階で私たちを助けてくれた、人間の精神における幻想だと彼は理解している。しかし現代社会では、宗教はもはや有益ではなく有害であるとして完全に排除し、宗教が有害な虚構であるという現実を直視すべきであると彼は主張している。しかし、宇宙の中の孤独に勇敢に立ち向かうことを奨励する一方で、ウィルソンは進化の過程で自分にかけられたと彼が認める幻想、すなわち道徳を放棄しようとしない。ウィルソンの「人類の結束」を築くという道徳的な願望に、私は心からアーメンと言いたい。しかし、彼自身の世界観からすると、なぜ進化の遺産である道徳という幻想の産物のために、もう一方の遺産である利己主義を犠牲にして戦わなければならないとウィルソンが考えるのか、私には理解できない。結局のところウィルソンは、彼の世界観が正しいのであれば、彼が酷評する宗教家たちと同じように、嘘を生きていることになるのだ13

注釈

  1. Wilson, E. O. (1975) Sociobiology: The New Synthesis. Cambridge, MA: Belknap Press of Harvard University Press. 4. (邦訳: 『社会生物学 第1巻』、坂上昭一訳、思索社、1983年、5ページ)
  2. Ruse, M., & Wilson, E. O. (1985) The evolution of ethics. New Scientist. 108 (1478), 50-52.
  3. Wilson, E. O. (1975) Sociobiology: The New Synthesis. Cambridge, MA: Belknap Press of Harvard University Press. 575. (邦訳: 『社会生物学 第5巻』、松沢哲郎訳、思索社、1985年)
  4. Wilson, E. O. (1975) Sociobiology: The New Synthesis. Cambridge, MA: Belknap Press of Harvard University Press. 3. (邦訳: 『社会生物学 第1巻』、坂上昭一訳、思索社、1983年、3-4ページ)
  5. Wilson, E. O. (1978) On Human Nature. Cambridge, MA: Harvard University Press. 167. (邦訳: 『人間の本性について』、岸由二訳、筑摩書房、1997年、305ページ)
  6. Wilson, E. O. (1994) Naturalist. Washington, D.C.: Island Press. xi. (邦訳: 『ナチュラリスト』上、荒木正純訳、法政大学出版局、1996年、「プレリュード」)
  7. Wilson, E .O. (1998) Consilience: The Unity of Knowledge. New York: Alfred A. Knopf. 248. (邦訳: 『知の挑戦―科学的知性と文化的知性の統合』、山下篤子訳、角川書店、2002年、302ページ)。
  8. Wilson, E .O. (1998) Consilience: The Unity of Knowledge. New York: Alfred A. Knopf. 261. (邦訳: 『知の挑戦―科学的知性と文化的知性の統合』、山下篤子訳、角川書店、2002年、317ページ)
  9. Wilson, E .O. (1998) Consilience: The Unity of Knowledge. New York: Alfred A. Knopf. 2章、11ページから引用 (邦訳: 『知の挑戦―科学的知性と文化的知性の統合』、山下篤子訳、角川書店、2002年、16ページ)。こちらも参照せよ: Wilson, E. O. (2012) The Social Conquest of the Earth. New York: Liveright Publishing. 287-88.
  10. Wilson, E. O. (2009) Foreword. In: Ruse, M. and Travis, J. (eds.) Evolution: The First Four Billion Years. Cambridge, MA: Harvard University Press. vii-viii. ウィルソンは『The Social Conquest of the Earth』(New York: Liveright Publishing、2012年) で、これらの疑問についてさらに詳しく述べている。
  11. Wilson, E. O. (2014) The Meaning of Human Existence. New York: Liveright. 173. (邦訳: 『ヒトはどこまで進化するのか』、小林由香利訳、亜紀書房、2016年、177ページ)
  12. Wilson, E. O. (2014) The Meaning of Human Existence. New York: Liveright. 174. (邦訳: 『ヒトはどこまで進化するのか』、小林由香利訳、亜紀書房、2016年、178ページ)
  13. Wilson, E. O. (2014) The Meaning of Human Existence. New York: Liveright. chs. 3, 12-13. (邦訳: 『ヒトはどこまで進化するのか』、小林由香利訳、亜紀書房、2016年)