Japanese Translation of EVOLUTION NEWS & SCIENCE TODAY

https://evolutionnews.org/ の記事を日本語に翻訳します。

社会ダーウィニズム: ウォレスの要因

This is the Japanese translation of this site.

 

マイケル・フラナリー

2021/4/28 6:13

 

前回の投稿で、ジェフリー・オコネルとマイケル・ルースの新著『Social Darwinism』には、アルフレッド・ラッセル・ウォレス (1823-1913) に関する記述が多く、全部で35箇所もあると書きました。彼らのコメントの目的は、特に進化論や科学一般の歴史におけるウォレスの重要性を下げようとすることです。オコネルとルースは、ダーウィニズムという世俗的な宗教に自らが固執していることを示しながら、ダーウィンの硬直した唯物論から離れて、人類に対する霊的次元と、宇宙や生物学の世界における明白な目的論を提唱したウォレスの「背教」について頻繁に言及しています。彼らは、ウォレスがある種のろくでなしだったと強調し、その努力に対して「仲間の科学者たちからの嫌悪と軽蔑」しか受けなかった風変わりな唯心論者として戯画化しています (32ページ)。

 

この漫画的なウォレスは、彼の人生の事実とはほとんど適合しません。これは、驚くことではありませんが、この有名な博物学者に関する唯一の情報源であるマイケル・シャーマーの『In Darwin's Shadow』(2002年) から導かれたものです。この本は、ウォレスについて書かれた伝記の中でもおそらく最悪のものです。事実を言うと、生前のウォレスはよく知られ尊敬されていました。引用分析によると、ウォレスの著作は、ジョセフ・フッカー (1817-1911)、トーマス・ヘンリー・ハクスリー (1825-1895)、リチャード・オーウェン (1804-1892) の著作よりも頻繁に参照されています (スミス、30ページ)。付け加えると、1886年10月23日から1887年8月8日までのウォレスのアメリカでの講演旅行は大成功を収めました。アメリカの著名な哲学者であるウィリアム・ジェームズ (1842-1910) とチャールズ・サンダース・パース (1839-1914) は、ダーウィニストに共通する還元主義的な科学的自然主義を否定し、ウォレスの進化的目的論を賞賛しました。ウォレスの「失墜」は、彼の生前ではなく、彼の死後に起こったと言うのが妥当です。しかし、その失墜は決して完全なものではありませんでしたし、私は20世紀と21世紀に活躍した数多くの科学者 (ノーベル賞を受賞した神経科学者のジョン・C・エクルズ [1903-1997] や、有名な天文学者・宇宙学者のフレッド・ホイル [1915-2001] のような非常に著名な人物もいます) の中で、ウォレスの目的論に関する見解にまだかなりの利点があると提唱している人物がいることを概説しました (『Nature's Prophet』、140-156ページ)。概して、オコネルとルースの扱いは極めて表面的で、自然主義的なバイアスがかかっています。

誤った等価性と推定

しかしさらに重要なのは、彼らの取り扱いは誤った等価性と推定にしたがっているということです。例えば、「たとえダーウィンが存在しなかったとしても、1941年にはナチスが利用できる科学が存在していたであろう。結局、そのアイディアをアルフレッド・ラッセル・ウォレスは1858年に、ハーバート・スペンサーはその10年近く前に発見していた。アウシュビッツの件でウォレスを非難するのは馬鹿げたことである」(52-53ページ) と述べています。ここには多くの誤りがあります。第一に、「科学」(おそらく自然選択) は、少なくともウォレスの場合には、ナチスが利用できるようなものではなかったでしょう。なぜなら、ウォレスの自然選択に対する理解と提示は、多くの重要な点でダーウィンのものとは異なっていたからです。ひとつには、ウォレスはダーウィンが人為選択の例としている家畜の交配を自然選択に当てはめることを常に否定しており、動物と人間は程度の違いはあっても質的な違いはないというダーウィンの主張をやがて完全に否定しました。さらに、人類の歴史が人種的なヒエラルキーの競争的闘争に閉じ込められていると考えたのは、ウォレスではなくダーウィンでした。人為選択と自然選択の混同、人間例外主義の明確な放棄、人種的・民族的闘争の堅持、これら3つの重要な要素がなければ、ナチスがウォレス的な自然選択をモデルとして自分たちの「人種衛生学」を体系的な優生学プログラムに転換できたとは考えにくいのです。対照的にリチャード・ワイカートは、ヒトラーがいかにして自分の「有害な倫理」を、ダーウィン的選択の概念に基づく社会ダーウィニズムにコミットしたナチスの公式政策に変換できたかを説得力をもって示しています (『Hitler’s Ethic』をご覧ください)。

ウォレスを非難すること

ウォレスはあらゆる優生学的提案に公然と猛烈に反対していたので、「アウシュビッツの件でウォレスを非難する」のは確かに「馬鹿げたこと」です。ウォレスは、自分の人生の後半に、優生学という暗く悲惨な「科学」がイギリスで台頭してきたことをよく知っていましたが、はっきりとこう言いました。「不適格者を隔離することは、医学的専制政治を確立するための単なる言い訳に過ぎない。そして、この種の専制政治はすでに十分に行われている・・・。世界は優生主義者が問題を正すことを望んでいない・・・。優生学は、傲慢な科学的聖職者のお節介な干渉にすぎない。」

 

もちろん、これはダーウィンが何らかの意味でナチスに賛同していたとか、その思想に共感していたということではありません。しかし彼のいとこのフランシス・ゴルトンは、彼自身が熱心なダーウィニストであるとともに、自分の生物測定学において、人種衛生学に熱中したドイツ人および彼らのいわゆる「精神的欠陥者」や「不適格者」に対する嫌悪と密接な関係を形成することになる優生学的視点の基礎を築きました。ダーウィンナチスでしたか?もちろんそうではありません。しかし彼の思想は、ゴルトンを経由して、ナチスの政策に組み込まれることになる思想と因果関係を形成したでしょうか?そのとおりです。ウォレスにはそのような関連性は全くなく、むしろ激しく反対していました。

 

そしてこのことが、ウォレスの要因が劇的に異なっていることを明らかにしています。自然選択という同じアイディアに密接に関わった2人の人物が、全く異なる結論を出し、全く異なる結果になったことを示す要因です (正確にどのように異なるかについては、『Intelligent Evolution』をご覧ください)。アイディアは確かに結果をもたらします。しかし、すべてのアイディアが同じように展開したり、アイディアの歴史の中で同じ目的地に向かって進んだりするわけではありません。これは、オコネルとルースが忘れてしまったらしい永遠の教訓です。

Hitler's Ethic

Hitler's Ethic

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