Japanese Translation of EVOLUTION NEWS & SCIENCE TODAY

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オーゲル流の特定された複雑性

This is the Japanese translation of this site.

 

ウィリアム・A・デムスキー

2024/3/4 6:55

 

「特定された複雑性」についてのこの連載は今日で完結しますが、最初に述べたように、レスリー・オーゲルは1973年の著書『The Origins of Life』でこの言葉を導入しました。ウィンストン・エバート、ロバート・マークス、そして私が発展させた「特定された複雑性」は、オーゲルが把握しようとしていたのと同じ情報的現実を捉えようと試みているものの、私たちの定式化は重要な点で異なっています。

 

特定された複雑性をさらに十分に理解するために、この連載の付録として、オーゲルがもともと念頭に置いていたことを概観し、私たちが定式化した概念のどこがオーゲルよりも改善されているかを見ていくことが役立つでしょう。厳密に言えば、この論題は主に歴史的な関心事です。『The Origins of Life』は絶版で入手が困難なので、解釈についてのコメントを加えながら、広範囲に引用することにします。オーゲルの本から、彼が特定された複雑性を導入した後に議論している3ページ (189-191ページ) に焦点を当てます。

「地球上生物学」

オーゲルは「地球上生物学」と題するセクションで「特定された複雑性」という用語を導入しています。 オーゲルは著書の他の箇所でも、地球外の生物学についても考察しています。これが、本のタイトルが「生命の起源 (複数形)」となっている理由です。宇宙の異なる場所で、根本的に異なる形態の生命が誕生するかもしれないということです。特定された複雑性を導入するための舞台を整えるために、オーゲルは生殖や代謝など、生命の特徴を定義するためによく挙げられる様々なものについて議論しています。これらは生命の本質に迫っていないと考えたので、彼はこの連載の焦点である用語を導入します。

 

生物と非生物の間のより根本的な区別は、その分子構造と分子挙動を調べることにより可能となる。簡潔に言えば、生物はその特定された複雑性によって区別される。結晶は、非常に多数の同一の分子が一様に詰め込まれたものであるため、通常、単純でよく特定された構造の原型とされる。花崗岩の塊やポリマーのランダムな混合物は、複雑だが特定されていない構造の例である。結晶は複雑さに欠けるため生物としては不適格であり、ポリマーの混合物は特定性に欠けるため不適格である。(189ページ)

 

ここまではいいでしょう。オーゲルがここで書いていることは、すべて直感的によく理解できます。それは、この連載の冒頭で議論した3種類の秩序、すなわち反復的秩序、ランダム秩序、複雑な特定された秩序と合致します。特定された複雑性をより確固とした理論的基礎の上に置きたいと望んだので、次にオーゲルはこれを情報理論と結びつけています。

 

これらの漠然としたアイディアは、情報というアイディアを導入することでより正確にすることができる。大雑把に言えば、ある構造の情報量とは、その構造を特定するのに必要な最小限の命令の数である。複雑な構造を特定するために多くの命令が必要であることは直観的に分かる。一方、単純な繰り返し構造であれば、むしろ少ない命令で特定できる。複雑だがランダムな構造は、定義により、ほとんど特定される必要がない。(190ページ)

 

ここで特定された複雑性についてオーゲルが詳述していることは、さらなる明確化を必要とします。彼の「情報量」という用語の使い方は定義が不明確です。彼はそれを「構造を特定するのに必要な最小限の命令の数」という言葉で紐解いています。これはコルモゴロフ情報測度を示唆しています。ただし、彼によれば、複雑な特定された構造は多くの命令を要求するため、高いコルモゴロフ情報量を示唆するとしています。対照的に、この連載で発展させた特定された複雑性は、低いコルモゴロフ情報を要求します。

 

同時に、オーゲルが「複雑だがランダムな構造は・・・ほとんど特定される必要がない」と書いているのは、ランダムな構造についてはコルモゴロフ複雑性が低いことを示唆しており、コルモゴロフ情報がランダム性を特徴づける仕方とは正反対です。コルモゴロフにとってはランダム構造とは非圧縮性のものであり、したがってオーゲルの用法では、特定するために多くの命令が要求されます (「ほとんど特定される必要がない」のではありません)。

 

おそらく、オーゲルの念頭には何か他のものがあったのでしょう ― 好意的に解釈しようとするなら。しかし、情報理論の立場からすると、彼の選択肢は限られています。オーゲルにとっては、シャノンとコルモゴロフが唯一利用可能なのです。ただし、シャノン情報は命令セットではなく確率に焦点を当てているので、オーゲルの最後の記述は明確ではありません。幸いなことに、オーゲルは3つの例を挙げて、それについて詳しく述べています。

 

これらの違いは、次の例によって明らかになる。ある化学者が、正確な記述が可能なものなら何でも合成することに同意したとしよう。結晶、ランダムなDNAのようなポリマーの混合物、あるいは大腸菌のDNAを作るのに、どれだけの命令が必要だろうか?(190ページ)

 

この一節は、オーゲルが特定された複雑性で何を掴もうとしているのかを理解する上で有望であるように思われます。にもかかわらず、これはオーゲルが情報をもっぱら化学システムを構築するための命令セットという観点から理解していることも示唆しており、その結果、彼はシャノン的ではなくコルモゴロフ的な情報観に全面的に傾倒することになります。特にここでは、彼が両者の情報観を1つの傘の下に首尾一貫してまとめるつもりであることを示唆するものは何もありません。

短い記述という術語

オーゲルが最初の例をどのように詳しく述べているかは下記の通りで、(この連載で与えた特定された複雑性の説明のように) 短い記述という術語がふんだんに使われています。

 

私たちが念頭に置いている結晶を記述するためには、どの物質が欲しいのか、そして結晶の中にどのように分子を詰め込むのかを特定する必要があるだろう。最初の要件は短い文章で伝えることができる。2番目もほぼ同様の簡潔さになるだろう。なぜなら、最初の数個の分子をどのように詰め込んで欲しいかを記述し、それから 「同じことをし続けよ」と言えばよいからである。結晶は規則的なので、構造情報は1度しか与える必要がない。(190ページ)

 

この例は私たちの以前の例、つまりコルモゴロフ情報を、非常に単純に 「『0』を100回繰り返す 」と記述された100回の同一のコインのトス (裏なら0) で例示したものと大いに似ているように感じられます。オーゲルによるこのような例でもたらされる特定された複雑性は、この連載で発展させた特定された複雑性については、程度が低くなります。それは、低いシャノン情報 (結晶は高い確率で確実に繰り返し形成され、それゆえに複雑性が低い) と低いコルモゴロフ情報 (結晶が要求するのは短い記述の命令セットである) の両方を兼ね備えています。特定された非複雑性、あるいは特定された単純性とでも呼べるものを表しています。

致命的な困難

オーゲルの次の例は、ランダム性に焦点を当てたもので、より意義深く、彼の特定された複雑性へのアプローチに致命的な困難があることを示唆しています。

 

ランダムなDNAのようなポリマーの混合物の作り方を化学者に伝えるのは、ほぼ同じくらい容易であろう。最初に、混合物中の4つのヌクレオチドのそれぞれの割合を特定する。次いで、「ヌクレオチドを必要な割合で混合し、その混合物からランダムにヌクレオチド分子を選び、見つけた順番に結合せよ」と言うのである。このようにして、化学者は特定された組成のポリマーを確実に作れるであろうが、配列はランダムになる。(190ページ)

 

ランダムなポリマーの形成についてのここでのオーゲルの説明には、情報理論的な混乱が露わになっています。彼は以前に、「特定する」と「特定された」という用語を、所与の構造 (この場合は、所与のヌクレオチドポリマー) をもたらすための完全な命令セットを与えるという意味で使っていました。しかし、彼がここで行っているのはそれではありません。むしろ、彼はランダムなヌクレオチドポリマーを形成するための一般的なレシピを与えています。確かに、レシピは短い (すなわち、適切な個別の材料を集めて混ぜ合わせる) ので、化学者にその製法を伝えるのは 「簡単 」でしょうから、記述の長さも短いことを示唆しています。

 

しかし、ここでその合成化学者は、ただ1つのランダムなポリマーではなく、それらを大量に産出しています。そして、たとえ化学者がそのようなポリマーを1つだけ産出したとしても、それは厳密に識別されるものではないでしょう。むしろ、それはランダムポリマーのあるクラスに所属するものとされるでしょう。1つの所与のランダムポリマーを識別して実際に構築するには、大規模な命令セットが要求されるので、オーゲルがここでランダムポリマーについて言っていることとは逆に、コルモゴロフ情報が低いのではなく、高いことを示唆します。

 

最後に、オーゲルがそもそも「特定された複雑性」という用語を導入する動機となった例に目を向けてみましょう。

 

化学者が大腸菌のDNAを合成できるような、対応する単純な命令のセットを作製することはまったく不可能である。この場合、配列が重要となる。配列を1文字ずつ指定する (約4,000,000の命令) ことによってのみ、化学者に何を作ってほしいかを伝えることができるのだ。合成化学者は、いくつかの短い文章ではなく、1冊の指示書が必要なのである。(190ページ)

オーゲルの要点

この最後の例を考えると、オーゲルにとって特定された複雑性とは、構造を生成するために長い命令セットが要求されることであることが明らかになります。それで、オーゲルの要点はこのとおりです。

 

ランダムな混合物上の各ポリマー分子は、大腸菌のDNAと同じように明確に限定された配列を持っていることに注意するのは重要である。しかし、ランダムな混合物では配列は特定されない。一方、大腸菌ではDNAの配列が決定的に重要である。2つのランダム混合物にはまったく異なるポリマー配列が含まれるが、2 つの大腸菌細胞のDNA配列は特定されているため同一になる。ポリマーの配列は複雑だがランダムである。大腸菌のDNAも複雑だが、固有の方法で特定されている。(190-191ページ)

 

これは混乱しています。なぜ混乱しているのかというと、特定された複雑性についてのオーゲルの説明がカテゴリー錯誤を犯しているからです。彼は、ランダムな配列と大腸菌のDNAが、どちらも彼が述べているように「明確に限定され」ているので、同じくらいの長さの命令セットを要求することを認めています。ただし彼は、ランダムな配列ではランダムな配列のクラスや範囲全体に注目しているのに対し、大腸菌のDNAではある特定の配列に注目しています。

 

オーゲルに関して言うなら、命令セットの観点からは、そのようなランダム配列のあるクラスから要素を生成するのは容易であるという点で彼は正しいでしょう。しかし、命令セットの観点からは、特定のランダム配列を生成することは、大腸菌のDNAのような特定のランダムではない配列の生成よりも容易ではありません。これがカテゴリー錯誤です。オーゲルは2つの全く異なる方法で命令セットを当てはめています。1つは配列のクラスに対して、もう1つは特定の配列に対してです。しかし、彼はその違いに気づいていません。

異なる方針

この連載で特徴づけているように、ウィンストン・エバートと私が採用している特定された複雑性へのアプローチは、異なる方針を取っています。 順序の反復は高い確率と特定性をもたらし、したがって低いシャノン情報と低いコルモゴロフ情報の組み合わせとなり、これまで見てきたように、特定された単純性と呼べるものをもたらします。これはオーゲルと一致しています。しかし私たちのアプローチでは、(この場合は低くなりますが) 特定された複雑性の値が得られることに注意してください。特定された複雑性は、シャノン複雑性とコルモゴロフ複雑性の差として連続的な値をとり、したがって様々な度合いがあります。順序の反復の場合、特定された複雑性は、この連載で特徴づけられたように、低い値をとることになります。

 

そうは言っても、大腸菌のDNAとランダムなヌクレオチドポリマーを区別するための、オーゲルによる特定された複雑性の適用は、この連載で概説した特定された複雑性をこれらの同じポリマーに適用する仕方とは著しく乖離しています。この連載で概説したスキームの中では、ランダムな配列は大きなシャノン情報を持ちますが、短い記述を持たないので、大きなコルモゴロフ情報も持つことになり、両者は相殺され、そのような配列の特定された複雑性は低いか不定になります。

 

一方、大腸菌のDNAについては、この連載で概説したスキームの中で、それが実際に特定された複雑性を呈することを示す作業をすべきでしょう。問題は、当該の特定の配列は確率が低く、したがってシャノン情報が高いということです。同時に、その特定の配列が短い正確な記述を持つ可能性は低くなります。むしろ、大腸菌のDNAがこの連載のスキームの中で特定された複雑性を呈するものとして特徴づけるために必要なのが短い記述です。それは、その配列が記述に合っているだけでなく、低い確率の事象を記述するものであり、したがって高いシャノン情報と低いコルモゴロフ情報を兼ね備えています。

 

したがって、この連載で特徴づけられ、この例に適用される特定された複雑性とは、当該の特定の配列だけでなく、記述と合っている配列の範囲が記述に含まれることを意味します。ここでは、オーゲルのようなカテゴリー錯誤はないことに注意してください。この連載で発展させた特定された複雑性の要点は、常に事象およびその事象の記述の合致にあります。その場合、任意の特定の事象が記述されたとは、その事象が記述に合っているということです。例えば、サイコロの目が6を示すことは、「偶数のサイコロの目 」という記述に合っています。

 

では、大腸菌のDNAには、この連載で概説したような意味で特定された複雑性を呈するような単純な記述が存在するでしょうか?実はこの質問に答えるのは簡単ではありません。ダーウィン的進化とインテリジェントデザインの対決の真偽は、その答えにかかっています。オーゲルは、特定された複雑性の概念を導入した直後に次のように書いたとき、このことに気づいていました。ただし奇跡への言及はレッドへリングです (争点は生命が知性の結果であるかどうかであり、自然界で働く知性が奇跡的な作用を必要とすると考える理由はありません)。

 

科学者としては、奇跡を仮定してはならないので、「生命」の出現には必ず進化の期間が先行すると想定しなければならない。最初は、情報量は少ないがゼロではない構造の複製が形成される。自然選択によって、複雑さと情報量が増大する一連の構造が発達し、やがて我々が 「生命 」と呼ぶにふさわしいものが形成されるのである。(192ページ)

 

オーゲルはここで、生命は複雑さのレベルを増しながら進化していくが、その各段階において、根本的にありそうもないことは起こらない、と提唱しています。したがって自然選択は、それがなければありそうにないことをあり得るようにする確率増幅器とみなされます。大腸菌のDNAを構成する単離されたヌクレオチドを、純粋にランダムな混合物として見た場合だけでなく、ダーウィン的進化による進化可能性を考慮に入れた場合には、大腸菌のDNAに合い、かつ大いにありそうにないことであるような単純な記述は存在するのでしょうか?

手強い質問

それは答えるのが手強い質問です。自然選択の有無にかかわらず、大腸菌のDNAが形成される確率の評価については、まったく明らかになっていないからです。オーゲルの特定された複雑性の説明からすると、彼は大腸菌のDNAが特定された複雑性を呈していると言わざるを得ないでしょう。しかし、この連載で与えられた特定された複雑性の説明の中では、特定された複雑性に帰するには、常にいくつかの作業を行う必要があります。観察された事象に合う記述を見つけ、その記述が短いことを示し、その記述によって正確に識別される事象の確率が小さいことを示します。これは高いシャノン情報と低いコルモゴロフ情報を示唆します。

 

生物学におけるインテリジェントデザインにとって、特定された複雑性の実証における挑戦は常に、簡潔に記述でき (コルモゴロフ複雑性が低いことになる)、ダーウィン的手段によっても進化可能である確率が小さい (シャノン情報が高いことになる) 生物学的システムを見つけることです。オーゲルの特定された複雑性の理解はまったく異なっています。私の見解では、それは概念的に一貫性がないだけでなく、ダーウィン的進化にとって有利な条件を不当に作り出しています。

 

まとめると、私は特定された複雑性についてのオーゲルの説明を長々と提示したので、読者は特定された複雑性の説明として、オーゲルのものとこの連載で提示したもののどちらを好むかをご自分で決めていただくことができます。

 

編集者注: この記事は当初BillDembski.comに掲載されたものです。