Japanese Translation of "Science and Culture Today"

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直感的な特定された複雑性: 分かりやすい説明

This is the Japanese translation of this site.

 

ウィリアム・A・デムスキー

2024/2/27 6:31

 

この連載のタイトルは「特定された複雑性を簡潔に」ですが、特定された複雑性の概念がもはや適切に定義・説明できなくなるとまでは行かない程度にどれほど単純化できるかには限界があります。したがって特定された複雑性は、簡潔にされたとしても、指数や対数といった基本的な数学の導入や、 情報理論、特にシャノン情報とコルモゴロフ情報についての非形式的な議論を必要とします。それについては、この後の投稿で触れることにします。

 

しかし、この議論の初期段階では、特定された複雑性を専門的ではない便利な方法で整理するのが賢明だと思えます。そうすれば、数学的・技術的な能力に欠ける読者でも特定された複雑性の要点を把握することができるでしょう。ここでは、特定された複雑性について直感的に理解しやすい説明を提示しましょう。英語話者なら誰でも、散文という概念に、それが詩とどう違うか考えたことがなくても慣れ親しんでいるのと同じように、私たちは皆、特定された複雑性について、それを注意深く定義したり、正確な数学形式での説明をされたりしたことがなくても慣れ親しんでいます。

 

この投稿では、直感的に説得力のある例を用いて、特定された複雑性について分かりやすい説明を提示します。専門家ではない読者はこの連載の残りを読み飛ばしたくなるかもしれませんが、それでも、特定された複雑性にはその根底にある直観を支持する健全で厳密な基礎があることを自分自身に納得させるためだけにでも、全ての読者に以降の投稿に目を通すことをお薦めします。

話を始めるにあたって・・・

一般に「デイブ教授」として知られるYouTuberのデイブ・ファリーナの例を考慮してみましょう。ダーウィンの進化論に挑戦するために小さな確率の論議を用いることに反論して、ファリーナは次のような例を挙げています

 

10人が集まり、みんなの誕生日が何日なのかを知りたがっているとしましょう。彼らは一列に座っています。ある人は6月13日と言い、別の人は11月21日と言い、以下同様です。各人が、その特定の誕生日を持つ確率は365分の1です。では、その部屋にいる10人がその10個の誕生日を持つ確率はいくらでしょうか?そう、それは365分の1の10乗、あるいは4.2×10の25乗分の1で、この分母は42兆の1兆倍です。考えられない確率なのに、彼らはあの部屋に座っているのです。では、どうしてこんなことがあり得るのでしょうか?そう、誰にでも誕生日はあるはずです。

 

ファリーナが「考えられない」という言葉を使うと、『プリンセス・ブライド・ストーリー』のビジニを思い出します。ビジニは、黒衣の男 (ウェスリー) が自分と取り巻きたちに着実に迫ってくるのに反応して、「考えられない」という言葉を口にし続けます。ついに、仲間の取り巻きであるイニゴ・モントーヤが言います。「それを連発してるな。意味がわかってるのか?」。

 

同様に、ファリーナとは対照的に、1/(42兆×1兆) というあり得そうにないことは、実際にはかなり考えられます。あなたは今すぐに、このレベルよりもさらに上を行くあり得ないことを実行できます。公平なコインを出して100回投げてみてください。数分でできるでしょう。あなたは、コイン投げの歴史上類を見ない、10の30乗分の1、あるいは1/(100万×1兆×1兆) の確率を持つ事象を目撃することでしょう。

 

ファリーナにとってのあり得ないことがかなり考えられることである理由は、それが結び付けられる事象が特定されていないからです。彼が述べているように、「ある人は6月13日と言い、別の人は11月21日と言い、以下同様です」。ここでの「以下同様です」は、その事象が特定されていないことを物語っています。

 

しかし、ここでファリーナの例の変形版を考慮してみましょう。この10人がそれぞれ、彼または彼女の誕生日が1月1日であることを確認したとします。この場合も確率は1/42兆の1兆倍でしょう。しかし、今回異なるのは、その事象が特定されていることです。どのように特定されるのでしょうか?非常に短い説明、すなわち「ここにいる全員が元旦生まれである」ということによって特定されます。

ここに驚きはない

特定された複雑性において、複雑性は確率に関連しており、複雑性が大きければ大きいほど確率は小さくなります。この確率と複雑性の間の関係には、正確な情報理論的基礎があり、次回の投稿で検討します。したがって、どの10個の誕生日も結合確率はかなり低いので、その複雑さはかなり高くなります。

 

誕生日を面白くするためには、複雑性が特定性と組み合わされる必要があります。特定性とは、単なる偶然によって高度に複雑な事象と一致することを期待すべきではない、際立ったパターンのことです。明らかに、誕生日が同じである大勢の人々の集団が一緒に来たというのは偶然ではありません。しかし、あるパターンを際立たせ、複雑性が存在する場合にそれが特定された複雑性の事例となり、それによって偶然を打ち破るようにするものは、一体何なのでしょうか?

 

それが特定された複雑性の肝要な点です。ファリーナの例が示すように、純粋な複雑性は偶然を打ち破れません。同様に、複雑性がなくても偶然を打ち破れるわけではありません。例えば、ある個人の誕生日が1月1日であることを知ったとしても、何か不都合や揉め事があるとはみなさないでしょう。その事象は、確率という意味では単純であって、複雑ではありません。うるう年や季節による出生率への影響はさておき、平均すると365人に1人が1月1日に誕生日を迎えます。世界の人口は80億人なので、多くの人の誕生日がその日になります。

偶然ではない

しかし、同じ部屋にいるちょうど10人のグループの全員が1月1日に誕生日を迎えるというのは話が別です。私たちはこのような一致を偶然のせいにはしないでしょう。しかし、なぜでしょうか?なぜなら、その事象は複雑なだけでなく、特定されてもいるからです。そして、複雑な事象を特定された、あるいは特定性に適合したものにもするのは、その事象が持つ短い記述です。実際、私たちは特定性を短い記述を持つパターンとして定義しています。

 

そのような定義は直感に反するように思われるかもしれませんが、実際には偶然を排除する方法を実践する上で道理にかなっています。事実として、どのような事象も (ひいては事象によって産み出されるどのような物体や構造も)、十分な長さの記述を許容するなら記述可能です。したがってどんな事象も、起こりそうにないことであっても、記述することができます。しかし、ほとんどの起こりそうにない事象は単純な記述ができません。単純な説明を持つ起こりそうにない事象は私たちの注意を引き、偶然以外の説明を探すように私たちを刺激します。

 

ラシュモア山を取り上げてみましょう。詳しく説明するには次のようにすることができるでしょう。記念碑全体を囲む大きな立方体の各立方マイクロメートルについて、そこに岩石が含まれているか、岩石が空であるかを記録します (部分的に満たされている立方マイクロメートルは空として扱うと規定しましょう)。ラシュモア山は5万立方メートル以下の立方体に収めることができます。さらに、1立方メートルごとに100京マイクロメートルが含まれています。したがって、満たされているあるいは空の500垓個のセルが、ラシュモア山を詳細に記述することができます。満たされているあるいは空の各セルをビットと考えると、500垓ビットの情報が得られることになります。これは、ワールドワイドウェブ全体 (世界には現在20億のウェブサイトがあります) に含まれる情報よりも多いのです。

 

しかしもちろん、誰もラシュモア山をそのように記述しようと試みたりはしません。むしろ私たちは、「アメリカ大統領のジョージ・ワシントン、トーマス・ジェファーソン、エイブラハム・リンカーン、セオドア・ルーズベルトを描いた巨大な岩層」と簡潔に記述します。これは短い記述です。同時に、ラシュモア山のような大きさの岩層はどれも、非常に起こりそうにない、あるいは複雑です。それゆえ、ラシュモア山は複雑でかつ特定されています。だからこそ私たちは、ラシュモア山の構築の歴史について何も知らなかったとしても、それを偶然の力 (風や浸食など) に帰することを拒否し、代わりにデザインに帰するのです。

ポーカーのゲームを例に取る

この調子でもう少し例を考慮してみましょう。ポーカーの可能な役は2,598,960通りあるので、どの役の確率も1/2,598,960です。しかし、ロイヤルフラッシュが出る方法は4通りしかなく、シングルペアが出る方法は1,098,240通りあります。これは、ロイヤルフラッシュが出る確率は4/2,598,960 = 0.00000154ですが、シングルペアが出る確率は1,098,240/2,598,960 = 0.423 だということを意味します。したがって、ロイヤルフラッシュはシングルペアよりはるかに起こりそうにないことです。

 

今、あなたがポーカーのゲームをしていて、ロイヤルフラッシュとシングルペアという2つの手に出くわしたとしましょう。どちらを偶然に帰する傾向があるでしょうか?どちらをイカサマ、それゆえにデザインに帰する傾向がありますか?明らかに、シングルペアは、それ自体では、あなたが偶然を疑う原因にはならないでしょう。それは、その短い記述によって特定されています。しかし、その確率は高く、したがって複雑ではないので、特定された複雑性の例としては数えられないでしょう。

 

しかし、ロイヤルフラッシュを目撃すれば、不正行為 (したがってデザイン) として公然と告発することはなくても、疑念を抱くでしょう。もちろん、世界中で膨大な数のポーカーがプレイされていることからすれば、ロイヤルフラッシュは時々偶然に出現します。しかし、あるロイヤルフラッシュの事例が偶然の結果ではないかもしれないという疑いを抱かせるのは、その短い記述 (「シングルペア」と共通する性質) と複雑さ・起こりにくさ (「シングルペア」とは共通しない性質) の組み合わせです。

 

さらにもう1つの例を考慮してみましょう。これは最近発売された『The Design Inference』第2版の読者の間で人気となっているようです。特定性についての章で、共著者のウィンストン・エバートと私は映画『帝国の逆襲』の有名なシーンを考慮し、それをパロディにした別の映画の同じようなシーンと対比しています。その章から引用します。

 

ダース・ベイダーはルーク・スカイウォーカーに「そうではない、私がお前の父親だ」と告げ、自分がルークの父であることを明らかにする。これは彼らの関係についての短い記述であり、少なくとも部分的には、その関係がこれほど簡潔に記述できるからこそ驚きとなる。対照的に、メル・ブルックスが『スター・ウォーズ』をパロディ化した『スペースボール』で、ダーク・ヘルメットがローン・スターに言った次のセリフを考慮してみよう。「私はお前の父親の弟の甥のいとこのルームメイトだった」。このジョークのポイントは、その関係があまりに複雑かつ不自然で、これほど長い説明を必要とするので疑念を引き起こしたり、特別な説明に値したりしないということだ。この惑星上の全ての人が「6次の隔たり」程度でつながっている以上、このような長い記述は誰であろうと識別することになろう。

 

無数の人間が存在する宇宙において、ダース・ベイダーとルーク・スカイウォーカーの出会いは、高度に起こりそうにない、あるいは複雑なことです。さらに、父親と息子という関係も、簡潔に記述されることで特定されています。したがって、彼らの出会いは特定された複雑性を呈し、偶然に帰することはできません。ダーク・ヘルメットとローン・スターの出会いも同様に、高度に起こりそうにない、あるいは複雑なことかもしれません。しかし、彼らの過去の関係についての入り組んだ記述からすると、彼らの出会いは特定されていない複雑性の事例の提示となっています。彼らの出会いがデザインに起因するのであれば、それは彼らの過去の関係以外の理由によるものです。

短いとはどのくらい短ければ十分か?

特定された複雑性のより形式的な扱いに移る前に、記述が特定性としてカウントされるための「短い」とはどのくらい短ければ十分なのかを問うのがよいでしょう。複雑性と組み合わさって特定された複雑性を産み出すには、記述はどのくらい短くあるべきなの でしょうか?特定された複雑性の形式的な扱いの実情としては、複雑性と記述長は両方ともビットに変換され、特定された複雑性はビットの差 (複雑性を意味するビットから特定性を意味するビットを引いたもの) として定義できます。

 

しかし、特定された複雑性の非形式的な適用では、確率 (あるいは関連する複雑性) を計算することはあっても、記述長を計算することは通常ありません。むしろ、『スター・ウォーズ』と『スペースボール』の例のように、一方の記述は短くて自然であり、他方の記述は長くて不自然であると直感的に判断します。このような直感的な判断には、後で見ていくように形式的な土台がありますが、実践する際には、私たちは直感的な特定された複雑性に導かれるままに、単に起こりそうにない事象と、さらに精査が要求される事象とを区別する説得力のある方法としてそれを扱っています。

 

次回:シャノン情報とコルモゴロフ情報

 

編集部注: この記事は当初BillDembski.comに掲載されたものです。