Japanese Translation of "Science and Culture Today"

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特定された複雑性と10台のマリブの物語

This is the Japanese translation of this site.

 

ウィリアム・A・デムスキー

2024/3/1 9:39

 

私は昨日、特定された複雑性についての連載で、この全てがどのように機能するかについて、道路を走る車の例で示すと約束しました。その例は、特定された複雑性の与えられた値が何を意味するかを例示するもので、『The Design Inference』第2版の3.6節から翻案しました。この本から広範囲にわたって引用します。10台の新車のシボレー・マリブが、公道で次々と途切れることなく連続して通り過ぎるのを目撃したとしましょう。あなたの脳裏をよぎる疑問はこうでしょう。この10台の新車のシボレー・マリブの連続は偶然に起こったのでしょうか?

 

あなたの最初の反応は、この事象は地元のシボレーの販売代理店による広報活動だと思うことかもしれません。その場合、この連続は偶然ではなく、デザインによるものということになります。しかし、その結論に早急に飛びつきたくはないでしょう。もしかしたら幸運な偶然の一致かもしれません。しかし、もしそうなら、どうやって知ることができるでしょうか?もしかしたら、その偶然の一致はとてもありそうになく、それを偶然の出来事として観察することを期待する人はいないかもしれません。その場合、この偶然の一致を単にあなたが偶然に観察することがありそうにないのではありません。誰にとってもありそうにないことなのです。では、同一の車のこの連続が合理的に偶然の産物であり得るかどうかは、どのように判断すればよいのでしょうか?

 

明らかに、この事象を観察する機会がどれほど存在するかを知る必要があるでしょう。2019年には世界中の道路に14億台の自動車が存在すると推定されています。これにはトラックも含まれるでしょうが、話を単純にするためにその全てを乗用車と仮定しましょう。これらの乗用車は多くの異なるタイプの道路で見られるとはいえ、一部の交通量がまばらな道路では、10台の乗用車が同じ最近の製造元とモデルであることはさておき、10台もの乗用車が次々と連続することがほぼありえないでしょうが、これらの乗用車が全て、14億台の乗用車がバンパーを連ねた巨大な連続として並べられていると仮定することで、あらゆる可能性に成功する機会を与えることにしましょう。

 

しかし、これら14億台の全乗用車のある静的な配置に注目しても十分ではありません。車は動いており、絶えず再配置されるとしています。そこで、1分ごとに車が完全に入れ替わり、100年間にわたって、どの時点でも10台のマリブが連続するのを見る機会があると仮定しましょう。その場合、10台の新車のシボレー・マリブが次々と即座に途切れることなく連続して並ぶ機会は、7京4000兆回以下ということになります。

 

では、これら14億台の車と繰り返される入れ替えからすると、この事象はどの程度ありそうにないのでしょうか?この質問に答えるには、道路上にある車の製造元とモデルの数と、その相対的な比率を知る必要があります (異なる製造元が地理的にどのように分布しているかは、これも関係がありますが、この例示の目的にとって不必要な複雑さを招くので置いておきましょう)。ありえないことですが、もし世界中の全ての車が新車のシボレー・マリブだったとしたら、説明すべき偶然の一致はありません。その場合、14億台の車は全て同一であり、入れ替えに関係なく、そのうちの10台が連続することは確率1の事象となります。

しかし、明らかにそのようなことはありません

Cars. comに行き、カーロケーターウィジェットを使えば、人気のある30の製造元と60以上の「その他」の車の製造元が見つかるでしょう。シボレーという製造元には、80以上のモデルがあります (モデルのバリエーションはカウントしていません。マリブというモデルにはそのようなバリエーションが5つあります)。このような数は、問題となっている事象が偶然に起こったのかどうかを評価するのに役立ちます。明らかに、その事象は「1列に並んだ10台の新車のシボレー・マリブ」という短い記述への答えとして特定されています。論議のために、偶然によってその事象を達成することは、道路上の他の全ての車と、それらの確率分布についての合理的な仮定を考えると、非常にありそうにないと仮定しましょう。

 

しかし、この例では偶然性を排除するためにさらにやるべきことがあります。シボレー・マリブの新車が10台、次々と途切れることなく連続して通り過ぎるのを見るのは、間違いなく驚くべきことでしょう。しかし、10台の赤の新車のシボレー・マリブが一列になって通り過ぎるのを見たとしたらどうでしょう?全てが同じ色なので、さらに印象的になるでしょう。あるいは、単に10台の新車のシボレーが一列になっていたらどうでしょうか?それはあまり印象的ではないでしょう。しかし、記述長と確率がどのように共変するかに注目してください。「10台の赤の新車のシボレー・マリブが一列になる」 は「10台の新車のシボレーが一列になる」よりも記述長は長いですが、後者よりも小さい確率の事象に対応します。逆に、「10台の新車のシボレーが一列になる」は、「10台の新車のシボレー・マリブが一列になる」よりも記述長が短いですが、後者よりも大きな確率の事象に対応します。

 

このような例に見られるのは、記述長と記述される事象の確率のトレードオフ (特定された複雑性がモデル化するトレードオフ) です。偶然性を排除する論議では、小さな確率と相まって記述長が短くなる (特定された複雑性の値が大きいことを示唆する) のを見ることが望ましいでしょう。しかし、典型的にはこれらは互いに相反するものです。「10台の赤の新車のシボレー・マリブが一列になる」という事象は、「10台の新車のシボレー・マリブが一列になる」よりも小さい確率の事象に対応しますが、記述長はわずかに長いのです。どちらの事象の方が容易には偶然に起因しにくいように見える (あるいは、よりデザイン推論に値すると言えるかもしれない) でしょうか?直感的に評価すると、確率の減少が記述長の増大を上回っているため、10台の赤の新車のシボレー・マリブが一列になるのを見たとしたら、何らかの色の10台とは対照的に、偶然性を排除する傾向が強くなるでしょう。

 

ここでの教訓は、確率と記述長は対立関係にあり、一方が上がれば他方は下がる傾向にあること、そして偶然性を排除するためには両方が適切に低くならなければいけないということです。この対立関係は、「10台の赤の新車のシボレー・マリブが一列になる」と 「10台の新車のシボレー・マリブが一列になる」 を対比してみると分かりますし、単純に「10台のシボレー・マリブが一列になる」 と対比してみるとさらに明確になります。後者は記述長がより短い (記述長がより低い) のですが、確率もはるかに高いのです。直観的には、確率の増加が記述長の減少を上回っているため、デザイン推論には値しません。実際、道路にあるシボレー車の膨大な数を考えれば、アメリカでは確実に、どの製造元やモデルであれ、10台のシボレーが偶然に一列になったとしても不自然ではないように思えます。

しかし、他にもあります

なぜ単にシボレー・マリブに焦点を当てるのでしょうか?製造元やモデルを変え、連続する車がホンダ・アコードやポルシェ・カレラなどだったらどうでしょう?また、連続する車の台数を変え、10台だけでなく、9台や20台などにしたらどうでしょう?このような質問は、同一の車の連続を特定する様々な方法を強調しています。そのような連続はどれも、あなたがそれを目撃したならば、顕著なものとなったでしょう。そのような連続はどれも、記述長が十分短ければ特定性を構成するでしょう。そして、そのような連続はどれも、記述長と確率の両方が十分に低ければ、偶然性を排除する論議になりえるでしょう。そこで、このような状況における本格的な偶然性排除の論議は、関連する低確率、低記述長の事象を全て考慮に入れ、一方が多ければ他方は少なくなるように平衡を取ることになります。

 

そろそろお気付きのように、これら全てを情報理論的な用語に置き換えることができます。したがって、確率の減少はシャノン情報の増加に対応し、記述長の増加はコルモゴロフ情報の増加に対応します。今や特定された複雑性は、それらの差として、次のような特性を持つことになります (合理的であることが判明するので、クラフトの不等式など理論計算機科学からのいくつかの細かい点が近似的に適用可能であると仮定しています)。ある事象の特定された複雑性が n ビット以上である場合、少なくともそのレベルの特定された複雑性を持つ全ての事象から構成される大事象の確率は 2-n 以下です。これは強力な結果であり、特定された複雑性を使って偶然性を排除し、デザインを推論するための概念的に整然とした方法を提供します。

 

本質的に、特定された複雑性とは、矢筒に多数の矢があり、壁に様々な大きさの的がある場合の射手を考慮し、これらの矢のいずれかが偶然にこれらの的の1つに当たる確率はいくらかを問うものです。矢筒の矢は複雑性に対応し、的は特定性に対応します。2という数に対し、特定された複雑性の負の値を指数とすると、これらの矢のどれかが偶然にこれらの的のどれかに当たる大確率になります。

結論

形式的には、ある事象の特定された複雑性は、そのシャノン情報とコルモゴロフ情報の差です。非形式的には、ある事象の特定された複雑性は2つの性質、すなわち、その事象の確率が小さいことと、記述長が短いことの組み合わせです。特定された複雑性のことを、形式的なアプローチでは、アルゴリズム的な特定された複雑性と言います。非形式的なアプローチでは、直感的な特定された複雑性と言います。しかし典型的には、「特定された複雑性」という用語のどちらの意味が意図されているかは文脈から明らかでしょう。

 

この連載では、アルゴリズム的な特定された複雑性を定義と動機付けをしてきました。しかし、その実際の計算は行っていません。現実世界の例に適用したアルゴリズム的な特定された複雑性の計算については、『The Design Inference』第2版の6.8節と7.6節を参照してください。6.8節では一般的な例に注目し、7.6節では生物学的な例に注目しています。これらの各節で、共著者のウィンストン・エバートと私は、特定された複雑性が低くデザイン推論に至らない例と、それが高くデザイン推論に至る例を吟味しています。

 

例えば、6.8節では、火星に自然に生じた顔のように見える構造物、いわゆる「火星の顔」を取り上げ、ラシュモア山の顔と対比します。火星の顔の特定された複雑性はデザイン推論を正当化するには小さすぎますが、ラシュモア山の顔の特定された複雑性はデザイン推論を正当化するには実際に十分大きいと論じています。

 

同様に7.6節では、アンソニー・キーフとジャック・ショスタクの仕事にあるように、タンパク質とATPの結合を取り上げ、ダグラス・アックスの仕事にあるように、β-ラクタマーゼにおけるタンパク質の折り畳みの形成と対比させています。私たちは、ランダムなATP結合の特定された複雑性は0に近いと論じています。実際、私たちはその特定された複雑性の負の値を計算し、-4としています。一方、β-ラクタマーゼの折り畳みの進化可能性については、特定された複雑性を215と計算していますが、これは2-215、つまりおおよそ1065分の1の確率に相当します。

 

これらの数字を使って、シャノン情報とコルモゴロフ情報を推定し、その差を計算します。これらの推定値の妥当性や、どの程度まで精緻化できるかについては議論の余地があります。しかし、特定された複雑性の根底にある形式論は盤石です。この形式論の詳細とその応用は、「特定された複雑性を簡潔に」と題する連載を超えています。それらの詳細は全て、『The Design Inference』の第2版で見ることができます。

 

次回:オーゲル流の特定された複雑性

 

編集部注: この記事は当初BillDembski.comに掲載されたものです。