Japanese Translation of EVOLUTION NEWS & SCIENCE TODAY

https://evolutionnews.org/ の記事を日本語に翻訳します。

鞭毛とIII型分泌装置の進化的関係を明らかにする研究

This is the Japanese translation of this site.

 

ケイシー・ラスキン

2021/5/14 6:31

 

生化学者のマイケル・ベーエは、インテリジェントデザイン (ID) の初期の本『ダーウィンのブラックボックス』で、バクテリアの鞭毛は還元不能なほど複雑であると論じました。IDをご存じない方のために説明すると、鞭毛とは微小分子の機械であり、回転エンジンによって駆動されるプロペラの集合体で、バクテリアを食物や快適な生活環境に向かって進ませます。

 

鞭毛にはさまざまな種類がありますが、いずれも自動車やボートのモーターに見られるような、人間が作ったロータリーエンジンのように機能しています。非IDの科学者でも、これらの分子機械の複雑さには驚かされています。『Journal of the American Chemical Society』に掲載された「Molecular Pumps and Motors」という新しいレビューには、「生体分子のポンプとモーターは、自然界では常にそうであるように、複雑で精巧に作られている」と述べられています。このことは、「生体分子ポンプとモーターは、すべての生命システムの中で重要な役割を果たしており、DNA転写や膜輸送から筋肉の伸縮に至るまで、あらゆることを担っている」という点で重要です。このレビューでは、「人工的に作られたポンプやモーター」と「生物学的な同種のもの」を比較し、人間の技術が生物学的な機械に比べて圧倒的に劣っていることを次のように指摘しています。「科学者がこれまでに開発した人工的な分子ポンプやモーターは、天然のものに比べて原始的である。」

還元不能なほど複雑なシステム

ベーエや志を同じくする科学者たちは、鞭毛が機能するためにはかなりの数のサブシステムとサブコンポーネントが必要であり、それが還元不能なほど複雑で、段階的な突然変異の経路による説明を阻んでいると主張しています。しかし、誰もが賛成しているわけではありません。

 

IDの批評家たちはしばしば、III型分泌装置 (T3SS) という別の分子機械が鞭毛の前駆体として機能していたのではないかと主張してきました。この主張は、2005年のキッツミラー対ドーバー判決にも反映されました。生物学者でID批評家のケネス・ミラーは、「III型システムの10個のタンパク質は、細菌の鞭毛の基部にある対応する10個のタンパク質とほぼ正確に一致している」ので、鞭毛の「前駆体」になりえると証言しました。ミラーにしたがってジョーンズ判事は、「細菌の鞭毛の前駆体の可能性があり、完全に機能していたサブシステム、すなわちIII型分泌システム」が存在すると判断しました。

科学の方法ではない

しかし、科学は裁判所の判決で決まるものではありません。このような科学的疑問に対する法的宣言は、新たな発見によって裁判所の科学的主張が疑われた場合、その価値が著しく減少します。例えば、『Cell』誌に掲載された譚加興らの最新論文「Structural basis of assembly and torque transmission of the bacterial flagellar motor」では、鞭毛とT3SSの構造を比較し、そのような進化的関係を疑うような明確な相違があることを明らかにしています。

 

細菌の鞭毛は、T3SSの進化上の祖先であると提唱されてきた。細菌細胞膜に固定されているT3SS基底小体とは異なり、鞭毛モーターのMSリング、Cリング、ロッドは、機能するときに高速で回転する。・・・[鞭毛の]モーターフック複合体の全体的な構造は、T3SS基底小体の構造よりも大きく、複雑である。・・・しかし、鞭毛はこれらのT3SS構成要素と配列上の類似性を示さず、鞭毛とT3SS構成要素がペリプラズム結合において別々に、しかし収斂的に進化したことを示唆している。LPリングの構造は、細菌のT3SSの外膜に結合するセクレチンのC15対称構造とは著しく異なっている。・・・

 

T3SSの進化上の祖先は鞭毛であると提唱されてきたが、鞭毛モーターの構造はT3SSの基底小体の構造とは著しく異なっている。サルモネラT3SSの基底小体のロッドは、PrgJとPrgIという2つのタンパク質からなり、比較的単純ならせん構造をとっている。T3SSのロッドがセクレチンチャネルや内膜リングと緊密に接触しているのとは対照的に、鞭毛のロッドはLPリングとの接触が少なく、高速回転やトルク伝達が容易である。さらに、サルモネラT3SSのPrgHとPrgKが組み立てるC24対称内膜リングとは異なり、鞭毛モーターのMSリングは、内部に対称構造が混在する34個のFliFサブユニットで構成されている。したがって、鞭毛モーターは細菌の運動のために特別な構造要素を進化させてきたのである。[強調追加]

 

これらの相違は、T3SSが鞭毛を構築するために「組み込まれた」かもしれないという一般的な進化論的主張に挑戦するものです。実際、上の文章を注意深く読むと、「T3SSの進化上の祖先は鞭毛であると提唱されてきた」と書かれていますが、T3SSが鞭毛の「祖先」だったとは書かれていません。著者たちがT3SSが鞭毛の祖先であるとか、あるいはその2つが似たような祖先から派生したと主張しなかったのには、私が2015年に説明したように、十分な理由があります。

 

T3SSが鞭毛の起源を説明するのに間違いなく役立つというのは疑問です。インジェクチソームは真核生物と共生または寄生関係にあるグラム陰性菌のごく一部に見られます。真核生物は細菌よりも10億年以上も後に進化したので、インジェクチソームは真核生物よりも後に発生したと考えられます。しかし、鞭毛は広い範囲の細菌に見られ、化学走性や運動性 (すなわち、鞭毛を使って餌を探すこと) の必要性は、寄生の必要性に先んじています。言い換えると、鞭毛はインジェクチソームよりもずっと前から存在していたと考えられます。実際、インジェクチソームを持つ細菌の分布が狭く、鞭毛を持つ細菌の分布が非常に広いことを考えると、思考節約の原理が提唱するのは、鞭毛がインジェクチソームよりも長い間先行していたということであり、その逆ではありません。ある論文はこう述べています。

 

「細菌の系統に広く存在する鞭毛と比較して、T3SSの分類学上の分布がまちまちであることから、これまでの系統発生解析では、T3SSは鞭毛を祖先とし、遺伝子の水平伝播によって広がったと提唱された。」

(ソフィー・S・アビー、エドゥアルド・P・C・ロシャ、「An Evolutionary Analysis of the Type III Secretion System」(2012))

 

同様のことを『New Scientist』誌も報告しています。

 

「鞭毛優先説に有利な事実として、細菌は、細菌よりも後に進化した細胞を攻撃するためのT3SSを必要とする前に、推進力を必要としていたであろうことが挙げられる。また、鞭毛はT3SSよりも多様な細菌の種に見られる。ツーソンにあるアリゾナ大学の生化学者ハワード・オフマンは、「T3SSが後から発生したというのが、最も思考節約的な説明である」と述べている。」

 

さて、通常の進化論的推論の下では、このような系統的証拠は、鞭毛がT3SSよりもずっと前から存在しており、T3SSは決して鞭毛の前駆体 (または前駆体に近いもの) ではないことを示唆していると考えるでしょう。

細菌の最終共通祖先

実際、『Science』誌に掲載された新しい系統研究「A rooted phylogeny resolves early bacterial evolution」では、細菌の最終共通祖先 (LBCA) は、「自由生活性の鞭毛を持つ棒状の二重膜を持つ生物」であったと提唱しています。言い換えれば、様々な種類の細菌に鞭毛遺伝子が広く存在することから、鞭毛遺伝子は非常に古く、おそらくすべての細菌の根源に存在すると考えられます。論文の説明によると、

 

推定されるLBCAの祖先遺伝子セットは、現在のバクテリアの転写、翻訳、DNA複製システムのほとんどの構成要素を含んでいる。この遺伝子セットには、FtsZベースの細胞分裂装置や、シグナル伝達、膜輸送、分泌などの経路も含まれている。さらに、我々は細菌のリン脂質生合成に関与するタンパク質を同定した。これはLBCAがバクテリア型のエステル脂質膜を持っていたことを示唆している。また、鞭毛や線毛の合成やクオラムセンシングに必要なタンパク質のほとんどを同定したことから、LBCAが運動性であったことが示唆される。細菌の遺伝子は通常、強力な純化淘汰によって維持されていることを考えると、これらの発見は、LBCAが分散、走化性、表面付着が有利な環境に生息していたことを意味している。

 

鞭毛が広く、古くから存在することを示すこうした系統論的な論拠から、『Nature Reviews Microbiology』の2017年の論文では、どちらかといえば、鞭毛はT3SSの祖先であり、その逆ではないと結論しています。

 

系統発生解析によると、T3SSは鞭毛から進化し、進化の過程で外膜のセクレチンを複数回獲得したこと、T3SSの祖先はセクレチンを持たない鞭毛と同様に内側から組み立てられたことを示唆している。・・・T3SSのコアタンパク質の系統発生解析により、鞭毛のT3SSは最初、鞭毛の細胞外成分を輸送して組み立てるために進化したことが明らかになった。NF-T3SSは鞭毛のT3SSから派生し、最初は鞭毛固有のタンパク質 (特にフックとロッドに関連する構造タンパク質) を失っていたが、内膜リングと内部ロッドの構成要素であるSctDとSctIをそれぞれ獲得した。

 

しかし、今回『Cell』誌に掲載された新しい論文は、T3SSが鞭毛の子孫であるという見解に、2つの構造の著しい相違から疑問を投げかけています。

批評家のもう一つの挑戦

IDの進化論的批評家は、鞭毛モーターがATPシンターゼの分子機械に見られるロータリーエンジンと構造的に相同性があると指摘しています。しかし、『Cell』誌の新しい論文では、鞭毛モーターとATPシンターゼの機械には、構造的にも機能的にも重要な相違があるため、この比較も疑わしいとしています。

 

鞭毛モーターは、ねじり力を伝達して細菌の運動を可能にする回転エンジンである。対照的に、もう一つの自然界の回転機械であるF/V型ATPアーゼの回転は、トルク力を伝達して酵素ドメインの配座変化を誘発し、ATPの合成や加水分解を行う。鞭毛モーターの回転リング構造から軸ロッドへのトルク伝達機構は、F/V型ATPアーゼのそれとは異なり、膜に結合した回転リングが塩橋を介して中心軸と垂直な面で接触し、平面から軸方向へのねじり力を伝達する。このように本研究は、鞭毛モーターの組み立てとトルク伝達の構造的基盤を提示するとともに、天然の回転タンパク質機構のトルク伝達メカニズムの多様性を示している。

 

これらの発見は、鞭毛とT3SSやその他の分子機械との進化的関係について、大きな未解決の疑問を残しているように見えます。少なくとも、T3SSが「細菌の鞭毛の前駆体である可能性」はもはやないと思われます。