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2020/6/17 06:05
ミシガン州立大学の生物学者リチャード・レンスキーとその共同研究者が、『eLife』誌に素晴らしい新論文を発表しました1。ダーウィン的メカニズム自体が、無誘導の進化に対してもたらす固有の、不可避で致命的な困難の明確な例を見たい人は、この論文をよく読むべきです。
この論文は、レンスキーの長期進化実験 (LTEE) の過程で発見された、広く議論されているE. coliの変異株のさらなる進化に関するものです。LTEEは、フラスコの中でE. coliを継続的に増殖させ、それがどのように進化するかを単純に観察するという、30年以上に及ぶ彼のプロジェクトです2。以前にも書いたことがありますが、LTEEで細菌の集団に広まったことが発見された有益な突然変異のほぼ全ては、既存の遺伝子を鈍らせる (それまでの生化学的活性を低下させる) か、徹底的に破壊するものでした3。
興味深い例外?
しかし、ある興味深い例外があるように思えました4。細菌の増殖が30,000世代以上続いた後のある朝、レンスキーが比較・複製のために維持している12本に分けられたE. coliのフラスコのうち、1本のフラスコが他の11本のフラスコよりも濁っているように見えました。これは、ニュートリエントブロスの中で通常よりもかなり多くの細菌が増殖していることを示唆していました。実験室での大変な研究を経て、レンスキーのグループは、この驚異的な細菌のDNAの中で、クエン酸塩トランスポーター (溶解したクエン酸塩を外部から細胞内に取り込む役割を持つタンパク質で、クエン酸塩は細胞が代謝する一般的な化学物質) をコードする遺伝子に近い領域が重複していることを示しました5。この重複変異により、クエン酸塩トランスポーターの制御領域の隣に、別の遺伝子の制御領域が配置されたのです。
その理由は以下の通りです。クエン酸塩トランスポーター遺伝子の天然の制御因子は、ミシガン州立大学の実験室での通常の生育条件の下では、酸素があるときにその遺伝子をオフにします。しかし、もう1つの制御因子は、酸素があるときにその制御する遺伝子をオンにすることができます。第2の遺伝子の制御因子のコピーをクエン酸塩遺伝子の隣に置いた突然変異は、酸素があってもクエン酸塩遺伝子をオンにすることができたのです。技術的な目的のために、ニュートリエントブロスには溶解したクエン酸塩が大量に含まれていたので、変異体のE. coliは、非変異体では利用できないクエン酸塩を取り込んで代謝する (「食べる」) ことができました。余分な食物を得た変異体は、狂ったように成長し、すぐに非変異体を凌駕しました。
この斬新な結果は広く報じられ、この変異体は新種を形成する途中にあるのではないかという推測が浮上しました6。しかし、私が『Darwin Devolves』で書いたように、他のもっと不吉な遺伝的結果が、楽観的な見方を和らげていたはずです。例えば、クエン酸塩の変異体は、以前に集団に広まったのと同じ有益ですが分解性のある変異の多くを蓄積してしました。新しい変異体はそれらを回復しなかったし、できなかったのです。後の研究では、この変異体ではさらにいくつかの壊れた遺伝子が選択されていたことがわかりましたが、これは明らかにクエン酸塩をより効率的に代謝するためのものでした3。
病気の子犬
今回の論文では、クエン酸塩のみ、または (初期の世代と同様の) クエン酸塩とグルコースを含む栄養培地で、クエン酸塩変異体を2,500世代にわたってさらに進化させた結果が報告されています。レンスキーの研究室では常のことですが、研究は首尾よく徹底的に行われています。しかし、できあがったE. coliは病気の子犬のようでした。論文の中では、「進化したクローンで識別された変異のスペクトルは、挿入、欠失、可動因子の転位などの構造的変異が主であった」と報告されています。これらはすべて、遺伝子を破壊したり分解したりする可能性が非常に高いものです。さらに何十もの遺伝子が失われました。クエン酸塩変異体は、短期的な利益のために、心ならずも遺伝情報を投げ打ってしまったのです。
特に雄弁な結果として、著者らは「50,000世代にわたるLTEE・・・から採取したCit+クローンの培養で、実質的な細胞死の証拠を思いがけず発見した」と述べています。つまり、数万世代前に自然選択で採用された最初のランダムな「有益な」クエン酸塩変異体が、死のスパイラルに陥っていたのです。LTEEにおいて、祖先の死亡率は10%程度でしたが、33,000世代後には30%程度、50,000世代後には40%程度になっていました。より新しい設定の実験では、培地や細胞株が異なると死亡率に変化が見られましたが、クエン酸塩のみの環境で50%を超える細胞株もありました。実際、著者らは、脂肪酸代謝の遺伝子に多くの変異 (これもほぼ確実に分解性のもの) があることを識別しており、「死んだ細胞や瀕死の細胞を漁ることへの適応を示唆している」と、見事なまでに割り切って書いています。
退化したE. coliは死んだ仲間を食べていたのです。
導き出される教訓
強調しておきますが、一見して細菌における新規の経路が得られる可能性が少しでもあるように思えた、数十年に及ぶ50,000世代以上のE. coliの進化実験でさえ、唯一の結果は、代わりに目覚ましいデボリューションをもたらしました。レンスキーと共著者たちは2019年の『Science』誌に『Darwin Devolves』(LTEEの過程で起きた明らかな退化に強く焦点を当てている) の軽蔑的な書評を載せ、次のように書いています7。
機能喪失型変異が有利になる例は確かに多くあるが、ベーエはその例を選択的に挙げている。彼は第7章の大部分を65,000世代に及ぶ大腸菌の実験に充てており、機能を低下させる多くの突然変異 (ついでながら、単純な実験室環境への適応として予想されるモードである) が生じたことを強調する一方で、改善された機能を退け、1つの新しい機能を「余興」と蔑んでいる。(詳細情報: 問題となっている発見は、共著者のリチャード・レンスキーにより発表された。)
その「1つの新しい」機能とはクエン酸変異のことでした。私が『Darwin Devolves』でこの突然変異を「余興」と呼んだのは、まさにLTEE のE. coliが、寛容になれば建設的と呼べるかもしれない突然変異よりもはるかに早く、分解的な突然変異を蓄積していたからでした3。
興味深いことに、騒動の発端となった曖昧なクエン酸塩変異は余興である。圧倒的に重要でありながら、ほぼ全く気付かれていない教訓は、細菌に直接利益をもたらす場合も、別の突然変異を支持して間接的に利益をもたらす場合も、遺伝子は色々なところが分解されているということだ。たまにある、特に目立った機能修正型や機能獲得型の突然変異は、ダメージを与えたり機能を喪失させたりする流れを戻すことはできない。
分子進化学的な研究が進めば進むほど、上記の結論は単なる真実に過ぎなくなります
大きな強み
新しい論文において、レンスキーのグループは、彼らの実験的な進化システムの大きな強みを正しく指摘しています1。
生物が自然界の新たなニッチに侵入し、入植し、適応するときの進化の作用を、特に独立して進化する複製集団や対照集団を用いて調べられることはほとんどない。本研究では、クエン酸塩により好気的に生育する新しい能力を持つE. coliの変異体が、実験室内での新たな、クエン酸塩のみの資源環境にどのように適応したかを調べた。
その通りです。つまりLTEEは、ダーウィン的メカニズムの一般的な効果について、最も明確な洞察を与えてくれるのです。ダーウィン的メカニズムは、他の過程が起こっていたとしても (拡張された進化の統合説のことを言っています)、生物が実験室にいようと野生であろうと、その愛護の対象が微生物、植物、動物などのどの種類の生物であろうと、作用し続けます。それで、レンスキーのグループのおかげで、デボリューションには容赦がなく、決して休まないことがわかりました。良きにつけ悪しきにつけ、種におけるある変化が、その種の環境へより密接な適応を助けることができるならば、その助けを提供するために最も速く到来するのは分解的変異です。そしてもちろん、選択圧の下での種は、たとえそれが結局はその種を衰退させることになろうとも、助けとなるものを受け入れる以外に選択肢はありません。私たちは今や、大部分はミシガン州立大学で何十年にもわたって行われてきた素晴らしい研究のおかげで、生命の大きな特徴を説明するダーウィンの理論自体が、クエン酸塩を食べるE. coliのように死のスパイラルに陥っていることを確信できるようになりました。
参考文献
- Blount, Z. D., Maddamsetti, R., Grant, N. A., Ahmed, S. T., Jagdish, T., Baxter, J. A., Sommerfeld, B. A., Tillman, A., Moore, J., Slonczewski, J. L., Barrick, J. E., & Lenski, R. E. (2020) Genomic and phenotypic evolution of Escherichia coli in a novel citrate-only resource environment. eLife. 9:e55414.
- Lenski, R. E. (2017) Convergence and Divergence in a Long-Term Experiment with Bacteria. The American Naturalist. 190(S1):S57-S68.
- Behe, M. J. (2019) Darwin Devolves: The New Science About DNA That Challenges Evolution. HarperOne. Ch. 7.
- Blount, Z. D., Borland, C. Z., & Lenski, R. E. (2008) Historical contingency and the evolution of a key innovation in an experimental population of Escherichia coli. Proceedings of the National Academy of Sciences - PNAS. 105 (23), 7899-7906.
- Blount, Z. D., Barrick, J. E., Davidson, C. J., & Lenski, R. E. (2012) Genomic Analysis of a Key Innovation in an Experimental E. coli Population. Nature (London). 489 (7417), 513-518.
- PENNISI, E. (2013) The Man Who Bottled Evolution. Science (American Association for the Advancement of Science). 342 (6160), 790-793.
-
Lents, N. H. et al. (2019) The end of evolution? A biochemist’s crusade to overturn evolution misrepresents theory and ignores evidence. Science (American Association for the Advancement of Science). 363 (6427), 590-590.